TOPページ >  院長 & スタッフのプロフィル (更新日 2017/1/4



























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    長崎新聞(2008年2月29日掲載) 
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院長 自己紹介

それなりにカッコヨカッタ頃も
あったような なかったような・・・

院長 :  高比良 拓重 (たかひら たくしげ

               〔所属学会〕 日本循環器学会専門医, 内科学会認定医
                               心エコー図学会,  超音波医学会   
 
 九州大学工学部通信工学科(現・電気情報工学科) 卒業
 大学2年生の時に大型電算機センターに米軍ジェット機が墜落し,大学も私も 全国的な学生運動のただ中に入っていきました。 「全共闘世代」と呼ばれるようになりました。 私にとって 大きな思想的転機でした。
建設中の大型電算機センターに墜落し炎上する米軍機 
建設中の大型電算機センターに墜落し
炎上する米軍機
  1968年6月 
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これ以降は急に 時の流れが濃密になっていった感じがします。
振り返ると いろいろの出来事が重なり混在していて,「アルバムとして整理」できるのは まだまだ先のようです。


 煤煙と労働者の町 北九州市へ
   電気エンジニアとして会社勤め。
当時の北九州は活気にあふれていました。 その反面 重厚長大な工場から排出される煤煙(ばいえん)の臭いが街中に染み付いていたような記憶が残っています。

「オー モーレツ」・「がんばらなくっちゃ」の高度成長時代から, 「石油ショック」へと移り変わっていく時期でした。 日本中のビジネスマン・労働者がモーレツ社員として,まだガムシャラに働いていた時でした。 職場泊り込みや月100時間以上の残業が数年間続きました。 そのためか 急性肝炎を発症し入院となってしまいました。


結婚して,勤め人生活の喜怒哀楽や 平社員の気楽さも経験しましたが,それとともに 営利組織が自己防衛のために持たざるをえない冷酷さも実感しました。 転機でした。

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クリックで拡大マイペースのイヌカキで泳ぐイヌ
マイペースで ゆったりと泳いでいます。
水面下では チカラ強く犬カキをしていますね
 再び学生へ
  長崎大学医学部 1986年 卒業
80年に長崎に戻り,医師になるための勉強とアルバイトに専念しました(偶然にも この年の流行語は「とらばーゆ」でした)。 また 育児にも努めました ( ン?  「妻の補助役として それなりに」ということで,ここはご容赦を。 思わず小さい声になってしまいますネ)。
肝炎は 在学中に治癒しました。

税金でまかなわれている大学教育設備費を2回(2人分)も使ったことになります。 だから 納税義務は強く自覚しているつもりですが。
 長崎大学医学部付属病院・第3内科(循環器科)へ
   その後 長崎県内の各医療機関で勤務
長崎大学付属病院,長崎市民病院,県立成人病センター多良見病院,虹が丘病院,カリタス外海&中央診療所などに勤務しました。

前半は 主に循環器専門医としてのトレーニングを積みました。
後半は 内科全般の診療能力の向上に努めました。

病気ではなく,病人である患者さんに接する心構えの面では,
 若い頃は「おうどかった」(長崎弁で「横着だった」の意味)私が, いま少しばかり優しく謙虚になっているとしたら,それは カリタス診療所で出会った修道女会の
シスターのCaritas〔慈〕愛(英語ではcharity)の精神に基づいた献身的な活動を 目の当たりにしたことにもよると思います。
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広い海で自由に泳ぐのは気持ちよいものです


 
2001年8月 『 たかひら内科・循環器科 』 開設
   2002年4月〜 南大浦小学校・校医

   これ以降の経過は              
                               → 「当クリニックの歩み」をご覧ください.

  (2) ス タ ッ フ
 看護士 3名    受付・医療事務 3名

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